青春の終わりに心から言える「ここに来てよかった!」
―精華女子吹奏楽部の最高の三年間―
やりきった少女たちの想いと物語
全国大会に挑む精華に、もうひとつショックなことが起こった。マーチングを指導してくれている顧問の小川先生が、妊娠により途中から指導できなくなってしまったのだ。大阪にも同行しない。
小川先生がいなくなったことで、練習メニューを決めたり、演奏・演技のチェックをしたりするのも、部員だけでやらなければいけない。今までにない経験だった。全体で演奏・演技するときには、誰かが抜けてチェックに回らなければならなかった。小川先生がいないことで求心力が低下し、行進の隊列がバラバラになったこともあった。
しかも、トランペットパート内の対立は収まっていない。
「それでも、絶対に後悔はしたくない。小川先生なら何て言うかを考えて、やれるだけ詰めていこ」
フユウは自分にそう言い聞かせ、積極的にメンバーに声をかけてテンションを高めるようにした。そのプレッシャーから、フユウ自身が苛立ってしまうこともあった。
「木部、あんた人を殺しそうな目をしとるよ」
小川先生に練習の報告をしにいったとき、そう言われた。フユウは自分がそれほどに追い込まれていたことに気づいた。
「マーチングリーダーがそんな状態じゃいけん」
フユウは気持ちを切り替えようとした。
いよいよ全国大会。精華は大阪に乗り込んだが、まだトランペットパートのメンバーは険悪なムードを引きずったままだった。その渦中にいるミユは思った。
「どうしよう……。このままやったら大阪城ホールには出れん…。やっぱ自分から仲直りせな」
ミユは勇気を出して付箋にメッセージを書いた。
『今までごめんね。全国大会は一緒に頑張ろう』
マーチングコンテストでも重要な役割を果たした運営部長の「モモコ」こと橋村桃子。
それをお菓子に貼り、仲違いしていた相手に手渡した。おそらく、相手も同じことを思っていたのだろう。メッセージがきっかけとなり、以前のようにお互い普通に接することができるようになった。
11月18日、精華は全日本マーチングコンテストの本番に挑んだ。
「精華ー!」
「ファイヤー!」
飾り気のない青ジャージに身を包んだ精華のメンバーは元気よく声を上げ、大阪城ホールのフロアに飛び出していった。
緊張感はなかった。モモコのスネア、ミユのトランペットのソロで《イングランド・マジェスティ》が始まる。華々しい精華サウンドが弾ける。他のどのバンドにも負けない整った行進。巧みにフォーメーションを変えて視覚的に観客を驚かせ、楽しませる。
「福岡にいる小川先生にこのショーを届けよう!」
フユウはテナーサックスを吹き鳴らした。途中、ホルストの《木星》を演奏しながらマークタイム(足踏み)をしていると、自然に涙がこぼれてきた。演奏しながら泣いたのは、生まれて初めてだった。
ミユのピッコロトランペットに持ち替えてのソロも見事に決まり、全員が正面席に向けて揃って前進するカンパニーフロントでは盛大な拍手が巻き起こった。
81人は精華にしかできないショーを披露し、喝采を浴びたのだった。
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。